ことばの世界

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性差・階層別で比較してみるイングランド・ノリッチ地方における地域語の特徴からみえるもの

この記事は 学生エンジニア Advent Calendar 9日目の記事です。

 日本でも、性差によって話し方や使う単語が違っていたりします。例えば、男性は傾向として「はらへった」、女性は「お腹すいた」なんて言ったりしますよね。どうしてこのような言葉の運用に性差が絡むのでしょうか。また、日本では感覚として薄いですが、階層別で話し方や使う単語、発音が異なったりすることもあります。イギリスなんかでは労働者階級(特にロンドン東部のコックニー地域)で話されるコックニーと言われる英語変種と上流〜中流階層が話す一般的なイギリス英語(RP)には大きな違いがあります。

トラッドギルの調査

 ある標準語を軸とした場合、方言や階層、業界などの違いによって生まれる変化した言葉のことを vernacular language (言語変種)と言ったりします。1983年、トラッドギルはイングランド東部ノーフォークの州都、ノリッチという地域で、そこの言語変種を分析しました。"speaking"・"walking" などの単語に見られる発音 [ɪŋ] が性差・階層別で、どのような運用のされ方がされており、どんな違いと特徴があるのかの分析をしました。いわゆる標準語的な話し方をするのであれば、 〜ingの発音は [ɪŋ] となります。しかし、ノリッチで話し方を観察してみると、どうやら [ɪŋ] ではなく、[in] のほうで話されているようだということがわかりました。さらに男女別・階層別で同様にみていくと話され方に特徴ががあるのがわかったのです。 以下のグラフがその詳細を示しています。
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グラフを解説致しますと、まず階層を5段階(1が最も身分が高く、5が低い)に分け、さらに階層ごとに性差別で数値を取っています。このグラフから読み取れる特徴として、最上位の階層では、言葉の崩れ(変種:今回は〜ingの[in]化)が少なく、階層が低くなるにつれ、変種の割合が多くなっているのがわかります。特に最上位の階層での男女間の差はわずか4であることから、男女の言葉の使い方の違いよりも、話し方そのものによってアイデンティティを表明される、という認識が強いことを示しています。また階層2をみてみますと、男女差で大きな開きがあります。女性のほうが、より一般的な話し方をしています。これは同階層の男性よりも階層1に近づけることにより、アイデンティティを表明している、と議論されている部分でもあります。

特徴からみえるもの

 トラッドギルの調査でもそうであったように、実は西欧文化では女性は一般的な話し方(standard grammatical forms)をする傾向にあります。一方で、男性のほうは変種が混じった話し方をする傾向にあります。ではどうして女性はstandard grammatical formsを好み、男性はvernacular formsを好むのか。これはこれまでの男女間の格差が起因していると言われています。男性優位社会が長く続けば続くほど、standard grammatical forms を使っていた男性も、相対的に女性や下位の者に対して、より横柄に乱暴に振る舞うようになってきます。その過程の中で、丁寧でない言葉・文法などが生まれ、それが変種として浸透していく、という流れがあるようです。実は日本でも同じ構造があります。冒頭で述べたように、「おなか」という単語を、男性は「はら」、女性は「おなか」と呼ぶ傾向にあるのは、男性が変種を生んだからなのですね。日本における性差による言語変種の特徴はまた別の機会に詳しくみていこうと思います。