ことばの世界

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協調の原理・丁寧さの原理、ポライトネスの規則

「ポライトネス」という言葉の誤解

ポライトネス(politeness)は翻訳すると「丁寧な、礼儀正しい」という意味になる。しかし言語学的にこの言葉を使う時はその意味以外のことも含むので単にポライトネスと表記することが多い。言語理論上のポライトネスは人の言語行動を説明するための大きな枠組みとして使われることが多い。

会話をする上で必要な原理の策定と批判的分析

イギリスの哲学者グライスは1975年に人々が会話をする時には「協調の原理」に従って会話が行なわれると考えた。
協調の原理とは

  • 量(quantity)の格律 => 必要以上でも以下でもない適した量の情報を伝えること
  • 質(quality)の格律 => 嘘であったり根拠のないことを伝えないこと
  • 関係(relation)の格律 => 関係のある情報を伝えること
  • 様態(manner)の格律 => 明確に、完結に順序だって話すこと

の4つの格律(maxims)で構成されるとした。会話をする上では上記4つの格律が会話文の中に組み込まれていると述べているのである。 しかし、本当にそうか?と思われる会話はたくさんある。例えば、誘いを受けた時に「今日はちょっと忙しいので...」と返答するシーンを想像してみよう。「今日はちょっと忙しいので...」という文は文として不完全である。これは量と様態の格律を乱している。このように人は必ずしも「協調の原理」に従って会話をするわけではないらしい。ではグライスの考えは間違っているのか?実はそうではない。グライスは「協調の原理」を策定し、会話はこの原理に従って基本的には構成されるが、この原理以上の要素をポライトネスとして考えたのだ。言い換えると、この原理の逸脱(ポライトネスの要素)のみを分析するために「協調の原理」を作ったのだ。

丁寧さの原理

ポライトネスを説明するものとして1983年、イギリスの言語学者リーチもグライスの「協調の原理」と共に機能する丁寧さの原理(Politeness Principle)を唱えた。これは費用対効果(cost/benefit)の概念に基づいて、会話において聞き手は最小のコスト最大のメリットを、話し手は最大のコストと最小のメリットが与えられることを基本とする、という考え方だ。また丁寧さの原理には6つの公理があるとされている。

  • 気配りの公理(Tact Maxim)
  • 寛大性の公理(Generosity Maxim)
  • 是認の公理(Approbation Maxim)
  • 謙遜の公理(Modesty Maxim)
  • 合意の公理(Agree Maxim)
  • 共感の公理(Sympathy Maxim)

の6つである。しかし文化によってその種類や数は変動すると見なされ、今となってはあまりフレームワークとしては利用されない。では現在はどのようなフレームワークが使われているか?それはブラウン&レビンソンのフェイスという概念を使ったポライトネス理論である。

ポライトネス規則

ここまでポライトネスについて基礎となる考え方をまとめた上で、改めてポライトネスとは何かを考えてみる。最初にポライトネスについて考えたのはレイコフである。レイコフは、先ほどのグライスの「協調の原理」で示した例のように、適切な情報伝達よりもそれ以上の要素が優先されるのはポライトネス規則があるからだと考えた。 ポライトネス規則では

  1. 押し付けない(距離:Distance)
  2. 選択肢を与える(敬意:Deference)
  3. 聞き手の気分を良くする(連帯:Camaraderie)

という3つの規則で成り立っているとされる。ざっくりカテゴライズするとヨーロッパ圏では①が、東洋では②が、アメリカでは③が単なる情報伝達よりも優先される傾向にあるとレイコフは述べた。 例えば、グライスの際に使った例、「今日はちょっと忙しいので...」という返答について見てみよう。一見するだけでこれは「断り」を意味する返答だと推測することができるだろう。しかしそう推測できるのはなぜか?単に情報伝達するだけなら例えば「今日はだるいのであなたの誘いは断ります。」と述べればよい。しかしそう返答するのではなく「今日はちょっと忙しいので...」と婉曲的に断っている。この一例は情報伝達よりもポライトネス(ここでは選択肢を1と3の規則に当てはまる)が使用され、優先されているかだと考えることができる。